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ヘ音記号のひとりごと

モノ多め、音多め。日々徒然なるままに生きていきたい。

コンクール是々非々

吹奏楽に無くてはならないもの、コンクール。参加形態やコンクールの位置づけなど議論には事欠きませんが、私はコンクール肯定派。技術を磨いて曲を磨いて、最高の演奏ができる機会だと思います。さらに、いい賞を取りたい、その理由がもう1つ。

本日の駄文

本日は年末恒例のyodobashiの福袋発売日。ひょんなことからこの事実を知った私、9時30分を過ぎたあたりから意気揚々とPCを叩いていると、9時を過ぎたはずなのに「申し込み開始」の画面が現れない。10時過ぎになって画面を叩いたら「access denied」そして「終了しました」。なんだかアクセス制御がうまくいってないんじゃない?今年のyodobashiの運営…(負け惜しみ)

コンクール是々非々

吹奏楽をやっている学生にとって、避けては通れない一つの山場、それがコンクール。体育会系よろしくの情熱をひたむきに注ぎ、アツくなる吹奏楽の大会です。音楽は勝ち負けではないと思いますが、私は実はコンクール肯定派です。それには深い理由があったりします。

昔、私はコンクール否定派でした。コンクールという舞台も音楽の表現の場であり、音楽に対して優越をつけるのは難しいのではないかと。長い期間練習し、積み重ねてきた成果を12分間の舞台上で精一杯出すことができれば、賞レースにとらわれない一番充実した時間ができるのではないか。そう考えていました。

あるとき。団体の運営側の立場になった時に、仲間の一人がこんなことをいいました。

コンクールで金賞をとることが最終目標。そこまで金賞にこだわるのは、自分のためではない。自分たちを助けてくれている先生やお世話になってきた人々への最高の恩返しの方法、それが目に見える「金賞」というなの結果なのです。 

目からウロコでした。彼は一貫して金賞にこだわって来た人でしたが、まさかそんなことをいうなんて。音楽という目に見えない芸術で、一番わかりやすい箔の付け方がコンクール金賞。関わってくれた全てに人のために、恩返しの意味でこの名声を手に入れたいという考え方は純粋で、強烈に私のこころに響きました。ビジネスで音楽をしていないからこその発想ではありますが、こういう考え方は今でも私の中に深く根付き、従来からの「いかにして充実した音楽をするか」と共に「いかにして勝つか」を考えさせる動機づけとしては十分だったのです。

いまではコンクールから離れていることもあり、コンクールの本番は「さまざまな団体の音楽を聞ける、最高の贅沢の機会」だと思うようになれました。でもいつの日か、またコンクールに関わることがあれば、多分よりよい結果を求めて追求すると思います。自分のためではなく、自分を助けてくれるすべての人のために。

とはいえ。やはり音楽をやっているからこそ知れる、心の豊かさや音楽の楽しさだっていっぱいあります。軍隊のような学校も沢山知っていますが、本質は音を楽しむこと。いろいろな考え方が世の中にはありますが、強制してやることではない。顧問の先生を神のように崇める傾向がある学校教育の場での吹奏楽の場合は、指導する上でも、こういった根っこを持っていないとならないなぁと思います。

コンクールについてリアルな描写が評価の高い「響け!ユーフォニアム」あるあるネタが満載です。キラキラした青春がフラッシュバックしてしまい、恥ずかしいやらこそばゆいやら。

追記

このトピックを書こうと思ったきっかけになったブログです。この方の考え方は全面的に賛成。世の中バランス感覚が本当に大事なんだなぁと痛感します。(ちょっと長文ですが、ものすごく的を得ています)

ふえにっき : 吹奏楽コンクールに思うこと

ふえにっき : 続・吹奏楽コンクールに思うこと